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大阪地方裁判所 昭和31年(行)66号 判決 1957年3月28日

原告 新田元温

被告 堺税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三〇年六月三〇日付でした原告に対する相続税更正処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「(一) 原告の父新田宗一は昭和二七年四月四日死亡し二男である原告は他の三名(妻、ハルエ、長女、国塩よし子、二女高橋美代子)とともに、その遺産相続をなし、原告は右相続により別紙目録記載の庭園(以下本件庭園と略称する。)その他の財産を取得した。

(二) 原告は、昭和二七年八月三〇日、右相続について被告に対し、本件庭園の課税価格を金五、〇〇〇、〇〇〇円とし相続税額は金九、〇九四、五九〇円として申告した。

(三) 原告は本件庭園の課税価格については別段の評価額を有していたのであるが被告の意見を諒承して右の通り申告した。

(四) ところで、原告は右相続開始当時より右相続税を金銭で納付することが困難な状態にある。

(五) そこで原告は昭和二七年一〇月三日被告に対し本件庭園及びその他の不動産について物納の申請をした。

(六) ところが昭和二八年二月頃原告と被告との間に本件庭園の評価額について争いが起つた。

(七) そこで原告は、昭和三〇年五月六日被告に対し本件庭園の課税価格を金一一、〇〇〇、〇〇〇円とする修正申告書を提出した。

(八) 被告は昭和三〇年六月三〇日、本件庭園の評価額を金六一三、二〇〇円として原告の相続による取得財産の総額を金一九、九九六、二二五円相続税額を金九、八二三、五七〇円とする更正処分をなし原告に通知した。

(九) 原告はこれに異議があつたので昭和三〇年七月一九日被告に対し再調査の請求をしたが、被告は同年八月一〇日これを理由なきものとして棄却する決定をした。

(一〇) よつて原告は、昭和三〇年八月二三日大阪国税局長に対し審査の請求をしたが同庁は昭和三一年七月五日これを理由なきものとして棄却する決定をなし同月六日原告に通知した。

(一一) しかし、本件更正処分は本件庭園の評価額を金六一三、二〇〇円とした点において相続税法第二二条に違反する違法がある。

即ち、同条所定の時価とは市場価格を指し市場価格は通常の状態における経済人が一般の交換市場において売主又は買主として何らかの条件を附せられることなくその財産の交換価額を評量した場合に存する客観的価額を意味する。そして本件庭園の時価評量の一般交換市場とは庭園に関心を有する者相互間の庭園市場である。庭園に関心を有しない者にとつてはそれは無に等しいからである。

しかるところ、本件庭園は、明治年間大阪市において茶人として名声を馳せた狩野宗朴の設計造園にかかるもので、その敷地は一二〇〇坪に及び、その間石燈籠一〇組を配し、一三塔を設置し、玉石を敷きつめ或は畳石を以て蔽い、庭園に植えられている庭木は大小併せて二、八〇六本の多きに及ぶ。庭木には一本三〇〇、〇〇〇円に達するもの二、三本有り、庭木石等を個々に取り上げこれを評価するも優に被告の評価を超え約九、〇〇〇、〇〇〇円に達する。

従つてこれら素材により構成せられる本件庭園の時価は一一、〇〇〇、〇〇〇円である。

(一二) ところで、原告は前記の通り適法の時期に本件庭園の物納の申請をしたが、相続税法第四三条によれば物納の収納価額は課税価格計算の基礎となつた当該財産の価額によるのであるから、相続財産が違法に低く評価されるときは、原告は物納に際してその権利を侵害されるおそれあるものである。

(一三) よつて原告は被告に対し本件更正処分の取消を求めるため本訴に及んだ。」

と述べた。

被告指定代理人は、主支同旨の判決を求め、答弁として、

「(一) 原告主張の事実中(一)(二)(五)(七)(八)(九)(一〇)記載の事実は認めるがその余の事実は争う。

(二) かりに本件庭園の評価が原告主張の通りであるとするも、時価の範囲内で課税価格を決定した本件更正処分は何等違法でない。けだし相続財産に対する課税価格を減額更正されたことによつて、納税者たる原告は納付すべき税額が減少した利益こそあれ他に何等の不利益を受けないからである。

(三) 物納が納税者の権利であることには異論はないが物納財産の収納価額は時価によるのではない。それは課税価格の決定が有効である以上当該相続財産の時価を超えた場合であると時価以下である場合とを問わず課税価格計算の基礎となつたその財産の価額によるのである。従つて、相続税納税者の物納の権利なるものは、その許可要件を具備する場合に政府に対し右価格による物納の許可を請求することができる権利であり、それ以上のものでないから、課税価格計算の基礎となつた当該財産の価額が時価と相違していても原告の物納の権利を侵害することにはならない。」

と述べた。

理由

原告主張の事実中(一)(二)(五)(七)(八)(九)(一〇)記載の事実は当事者間に争いがない。

原告は本件更正処分の違法事由として、被告が本件更正処分においてした本件庭園の評価額が時価より低額である点を主張する。相続税法第二二条によれば、相続に因り取得した財産の価額は、当該財産を相続取得した時における時価によらなければならない。従つて相続財産の評価にあたつて、右時価と異なる価額をもつて当該財産の価額を算定することは、その額が右時価に比し高額であると低額であるとを問わず、同条に違反する評価でありこれを基礎とする相続財産の課税価格、相続税の決定処分、更正処分は違法たるを免れない。しかし相続税の納税義務者は相続により取得した財産について、税務署長が相続税更正処分においてした評価額が時価より低額であることを相続税更正処分の違法事由として主張することはできない。けだし、かりに右違法事由があるとしても、右更正処分そのものによつて納税義務者は何等権利乃至法律上の利益を害されることはないからである。原告は、物納財産の収納価額は課税価格計算の基礎となつた当該財産の価額によるから、前記違法事由によつて、本件庭園の物納申請をした原告は権利を侵害されるおそれがあると主張する。相続税法第四三条第一項によれば、相続税を物納する場合における物納財産の収納価額は課税価格計算の基礎となつた当該財産の価額によることになつているが、それは原則であつて、そうすることが著しく不当な結果を生ずる場合には収納の時の現況により収納価額が定められる(同項但書)のである、いわんや納税義務者は相続税更正処分において時価より低額に評価された財産を物納すること殊にその価額によつて物納することを法律上義務づけられてはいないのであるから、かりに本件更正処分に前記違法事由があるとしても、それによつて原告は権利乃至法律上の利益を害されることはないといわなければならない。原告のこの点の主張は採用できない。

原告は他に本件更正処分の違法事由を主張していないから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 平峯隆 小西勝 首藤武兵)

(別紙省略)

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